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2016年3月27日日曜日

少色知足(しょうしょくちそく)とは?

今日は、少色知足(しょうしょくちそく)です(謎)。
かつて、似たような『少欲知足』と『少食知足』については、以下のリンク先に書きました。
ちなみに、小欲知足は2500年前の法華経には出てきていません(少欲知足は出ている)。
たぶん、長い年月に、少欲知足と勘違いされて、そのまま現代では小欲知足も少欲知足と同じ意味になったものと思われます。

で、今回は、少色知足(しょうしょくちそく)です(ちなみに私の造語です)。
意味は、『少ない色で足りることを知る』です。
では、『色』とはなんでしょうか?

白川静先生の『常用字解』では、以下のように『色』という漢字が説明されています。
人と卩(セツ)を組みあわせた形。
卩は、跪(ひざまつ)く人の形であるから、人の後ろからまた人が乗る形で、人が相交わることをいう。

要は現代語に訳すと、バックからのS○Xのことです。
つまり、『色』と言う字の字源は、そういうエロ系なわけです。

でやっと本題…。
まじめなことを調べるので、ネットでいろいろと検索をしていると、エロ系のリンクに遭遇することが度々あります。
不徳の致すところか…なぜか、それをクリックして、エロの世界に入ってしまい、出てきたときに自己嫌悪する場合がありませんか?(なぜか同意をもとめている自分)

ということで、自戒をこめて今回『少色知足』を宣言します!
『有漏を為す者には無漏の心を起さしめ、煩悩多き者には除滅の心を起さしむ』ですね(無量義経十功徳品第三より)。

ちなみに、ほぼ同じ意味の色(イロ)とエロは発音が似ているので、語源も同じではないかと調べてみましたが、全くの別物のようです。
実はブログネタとしては、同じであって欲しかったのですが残念です。

2016年3月26日土曜日

文字という漢字の意味

文字の『文』は、昔は紋様の紋と同じ意味で、刺青や絵などのことをいいました。
一方、『字』は、ウ冠は廟(ミタマヤ)で、そこに子供が生まれたことを報告する儀礼のことをいいました。
そして、両方で一つの単語として文字となったのです。

また、漢字も当然文字に含まれます。
漢字の作り方は、6通り(六書)あるといわれています。
  • 象形 - 物の形をかたどって文字を作る方法。(牛、川、山、木、馬、日・・・)
  • 指事 - 漢字の字形そのものが物事の数量や位置を表す方法。(一、二、上、下・・・)
  • 会意 - 象形と指事が複数組み合わせあって、一つの漢字を作る方法。(男、鳴、岩、明・・・)
  • 形声 - 意味を半分、発音を半分、それぞれ合わせて一つの漢字を作る方法。(晴、汁、拍、請、姓、祉・・・)
  • 転注 - ある漢字の意味を他の意味に転用すること。
  • 仮借 - 字形として表しがたいものを、同じ音の別の字の音のみを借りてあらわすこと。(東、西、南、北…)
象形と指事は、形や絵の紋様のことで、すでに説明した通り『文』に相当します。
会意と形声は、象形と指事の親から生まれた子で、すでに説明した通り『字』です。
尚、転注と仮借は、文字を作る観点からは、単に使用範囲を広げただけものです。

ということで、はじめに紋様や絵があり(文)、それらを組み合わせて生まれた(字)、漢字等の文字が出来てきたのです。

2016年3月24日木曜日

捨てると拾う

捨の舎は、旧字では舍になっています。
下の口は、祝詞(のりと)を入れるサイ(口)です。
上のは、取ってのついた長い針(舍)です。
それを、手(手偏)でもって、サイを上から突き刺し、祝詞の祈りの効果を捨てさせることを捨という。

一方、拾は、祝詞(のりと)を入れるサイ(口)に蓋をして合わせることをいいます。
そのように取り揃えることを拾という。
そこから、拾の字は、混乱した状態をうまく取りまとめることの、収拾にあてられる。

2016年3月22日火曜日

漢字とコリア語

コリア語とは、朝鮮語、或いは韓国語のことです。
実は、朝鮮語と韓国語は、同じ言語で、昔は朝鮮語と呼ばれていましたが、今では韓国語と呼ぶ場合が多いとのことです。
しかし、いろいろあって、コリア語と呼ぶのが無難ということです。

コリアとは、もともと昔の朝鮮半島の高麗(コウライ)の発音が西洋社会に伝わって世界的にコリアと呼ばれるようになりました。
日本でいえば、『ニッポン』が『ジャパン』になったのと同じです。

で、コリア語と言えばハングルのことのように思われていますが、実は、もともとは、ほとんど漢字なのです。
ハングルは、単なる表音文字で、漢字の発音を表す記号のことなのです。
ハングルは、漢字1文字単位にその発音を、母音や子音の記号を組み合わせて表現します。
日本語に譬えると、漢字1文字の発音を、読みのカタカナが合体して、合体カタカナ1文字が漢字1文字を表す感じです。

ということで、コリア語の漢字と日本語の漢字は、同じ漢字なので意味はほとんど同じで、発音も非常に似ています。
しかし、表現がハングルなので意味が全くわからないのです。
逆にいうと、ハングルの発音から漢字がわかれば、日本人なら意味が理解できるのです。

そう、ハングルの発音から漢字に変換する訓練をすればいいわけです。語順も日本語と同じだそうです。
ちなみに、中国語の語順は、英語に近いとのことです。
ある意味、コリア語は、日本人にとって一番習得しやすい外国語と言えるかもしれません。

2016年3月21日月曜日

品格とは

品格の品は、すでに何度もご紹介している通り、祝詞を入れるサイ(口)を3つ重ねたものです。
つまり、神に対して多くの祈りを合わせて行うことを品といいます。

ちなみに、これを隠された場所で行うことを區(区)といい、大きな声で祈ることを歐(欧)いう。
また、祈る大きな声そのものを謳(うたう)といい、祈りの実現を強く願いサイを打つことを毆(殴)いう。

一方、格は、夂と口と木が組み合わさって出来た字で、夂は下ってくる足の象形、口はサイで、木は枝のある木の象形。
祝詞を入れるサイ(口)の前で神の降下を祈ることから「いたる」の意味があり、神が「いたる」ことを来格いう。

また、来格した神は、神意によってことを「ただす」ので、戒めのことばを格言という。
ただした「正しい」ことには、抵抗が多く、からまれるので「からむ」の意味もある。

そして、「からむ」ことから絡み合って争うことを格闘といい。
木の枝も「からむ」ことから、骨組みを形つくるので、骨格という。

2016年3月20日日曜日

日と曰く

日は、太陽の形の象形文字です。
一方、曰くは、日とよく似ていますが、実は祝詞(のりと)を入れるサイ(口)の蓋が少し開いている形なのです。
少し開いたそこには、神のお告げの反応があらわれると思われていました。
そのことから、神のお告げこと、神の仰せのことを『曰く』という。

2016年3月18日金曜日

可と歌

すでに何度かご紹介しているように、漢字起源の時代は、神と人が渾然とした文化の時代です。
可と歌の漢字もそのように成り立ちました。

可の口は、もう何度もご紹介しているように、くちの口でなく、祝詞を入れる口(サイ)です。
可の丁は、木の枝で、そして、祝詞の入ったサイに対して、木の枝を振りかざして打ち、
神に、願いがかなうように、実現す「べし」と迫ることを表したのが『可』なのです。
また、それに対して、神が「よし」と許可するので「ゆるす」の意味が生まれました。

可を2つ上下に重ねた『哥』は、神に願いがかなうようにと、木の枝を振りかざした時に発する声とのことです。
そして、『哥』に、人が口を開いて叫んでいる姿の『欠』を加え『歌』となりました。
ですので、『哥』は『歌』の最初の字形です。
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